聖書の人物

(82)

 殉教者ステファノ(使徒言行録より)

『最高法院の席に着いていた者は皆、ステファノに注目したが、その顔はさながら天使の顔のように見えた。』(使徒言6・15)

エルサレムの教会は、イエスの弟子たちを中心としたパレスチナのユダヤ人だけで形づくられていたが、伝道の進展に伴い、人数がふえると共に、そのメンバーの中に「ギリシア語を使うユダヤ人たち」も加わってきた。彼らはパレスチナ以外の国で生まれたり、育った人たちで、ギリシア語を話すことができ、ヘレニズムの影響を受けて国際的な感覚を身につけていた。

彼らの中に、ステファノという人がいた。彼はすぐれた知性とともに「恵みと力」に満ちた人で、イエスの福音の意義を深く悟り、伝道活動に熱心に従事した。ところが彼の議論はユダヤ教に対して批判的であるということから、伝統的で固陋(ころう)なユダヤ教の指導者たちの激しい非難を買い、ついにステファノは捕えられて大祭司の審問を受けることになった。被告席の彼にはちょうどイエスの審問のときのように、偽証人たちの悪口雑言が浴びせられ、また彼を憎む議員たちの意地わるい視線が注がれた。

だがステファノの表情は、まるで天使の顔のように美しく、静穏で、光り輝いていたという。彼の見つめていたものが、人びとの見ていたものとはまったく段違いに高いものであったことがうかがえる記述である。人問の表情や、特にその瞳の美醜は、その人が見つめているものによって決まるからである。ステファノは結局、集団リンチのような石打ちの刑を受けて殺されてしまうが彼はこうしてキリスト教最初の殉教者となった。(佐伯晴郎著「聖書の人々」より)

この絵は、ジャック・ミュッセ著「新約聖書ものがたり」(創元社)に出てくる挿絵です。
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