(46)毛虫と蝶

『体のよみがえり』

使徒信経の最後のふたつの箇条は、良いクリスチャンになろうと努力したあとで得られる確かな結果を述べたものです。知っておいていただきたいことは、この『体のよみがえり』とか『永遠の命』というのは、復活日の主のことを述べているのではなくて、あなた自身のことなんです。だから、これは『私という人間の肉体が、死んで葬られた墓からもう一度起き上がり、永遠に死ぬことのない霊魂と共に、天国でずっと暮らすことを信じます。』と唱えているのです。

これは最後の日に起こることです(Uコリント5章10節)。それがどのようにして起きるのか私には言えません。私はまだ死んでいないし、まだ最後の日も来ていませんから。しかし、土のちりから人間の肉体を造った神様(創世記2章7節)ですから、もう一度そこから起き上がらせることもおできになるに違いない、と信じています。

聖パウロは、私たちの復活の肉体は復活日の私たちの主と似たものだろう、と言っています(フィリピ3章21節)。正真正銘の私たち自身ですが(ルカ24章39節)、霊的な体で(ヨハネ20章19節)、大変美しく栄光に輝いたものでしょう(Iコリント15章42〜44節)。それは、毛虫が蝶になるように変わるのでしょうが、神様はどの毛虫がどの蝶になったのかは、ちゃんと知っておられるはずです。

私は多くの人と出会いますが、その中には肉体にいろんな障害を持った人がいます。そして治らないまま死んだ人を見る時、泣きたい気持ちになります。しかし、そんな時にはヘンデルが作ったメサイアなどを聴くことにしています。そこに出てくるイザヤ書の言葉、

そのとき、見えない人の目が開き 聞こえない人の耳が開く。
そのとき、歩けなかった人が 鹿のように踊り上がる。
口の利けなかった人が 喜び歌う。(イザヤ35章5〜6節)

これを本当にそうだ、と思うのです。

クリスチャンは、私たちの主の体のよみがえりと同じく、その結果としての私たち自身の体のよみがえりも信じているので(Iテサロニケ4章14節)、私たちの愛する人の死をあまり恐れないし、悲しまないのです。

(H.A.ウィルソン著「チョークと子供たち」より)

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