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(57)幸せになりたい
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- 教会でも新しい建物ができてそれをみんなに披露する時は、楽しく歌ったり、踊ったりすることもありますね。大はしゃぎで、ちょっとお酒も入って浮かれている人もいるでしょう。ウィルソン神父さんの教会に新しい会館ができてお祝いが盛り上がった時、その様子を二階のバルコニーから見ていた教会のあるお年寄りが、こんなことを言われました。「神様も私たちが幸せに楽しんでいるのをこんな風に上から見守っておられるんでしょうね。私は、主が私たちを見ておられるのを想像するとうれしくなるんです。」
- 前にも言いましたように、礼拝とは、神様に献げること、栄光を神様に帰することです。今日では、人々は間違った石の偶像は作らなくなりました。しかし、神様についての間違った考えは持っていて、未だに第二の戒めを犯しています。たとえば、『神様は厳しい方だ。』とか『いつも間違ったことをした人を捕まえて、懲らしめることを楽しんでおられるんだ。』とか、あるいは『クリスチャンは劇場や映画館などには行ってはいけない。』とか『上等の服を着てはいけない。』『日曜日は、楽しく遊んではいけない。』などの考えです。
- あなたが若い時に、定期的に教会の礼拝に出席すると、“日常のすべて、あらゆることの中で、神様を愛し、神様を第一にする”ようになります。そして、神様が本当はどんな方であるのか、教会やその会衆を通してあなたの正しい認識ができあがることでしょう。
- あなたにも神様が常に身近におられることがわかるはずです。そして、あのお年寄りがこの教会から学んだことに気づくでしょう。神様は、決して子供を不幸にしたいのではありません。クリスチャンにとっては、聖餐式に行くことも、個人懺悔することも、祈りをすることも、十戒を守ることも、ダンスやゲーム、そして時々お酒を飲むことも、イイ服を着ることも、生活を楽しむことも良いことなのです。
第二の戒めを守ろうとしている人は、世界で一番楽しい人です。死ぬまで背中にコブのついた“落胆した”ラクダのようではありません。
- (H.A.ウィルソン著「チョークと子供たち」より)
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