聖書の人物

(73)

 クレネのシモン(マタイ福音書より)

『このようにイエスを侮辱したあげく、外套を脱がせて元の服を着せ、十字架につけるために引いて行った。十字架につけられる兵士たちは出て行くと、シモンという名前のキレネ人に出会ったので、イエスの十字架を無理に担がせた。』(マタイ27・31〜32)

総督官邸前の広場からゴルゴタの丘の処刑場まで、イエスは自分が釘づけにされる十字架を背負い、ローマ兵士たちにこずかれながら町の中を歩かされた。西暦30年頃のある日、エルサレムの町から郊外へとつづいたこの処刑の行列は、当時の人々がたまに見かける凶悪犯や革命的政治運動家の、惨死直前の後継であった。

だがイエスの疲れきった体は、重い十字架を負って歩きつづけることができなかったらしい。兵士たちは、くずおれては立ち上がり歩き始めてはまた倒れるイエスに業を煮やしてか、たまたまそこを通りかかった男をその場で徴用し、彼に十字架を無理に負わせた。この人がクレネ人シモンである。彼は北アフリカのクレネに住むユダヤ人で、祭りのためにエルサレムに来ていたものと思われる。それまでイエスとは何のかかわりもなかった彼にとっては、まったくとんだ災難であった。しかしその名が聖書にしるされ、またマルコによれば「アレキサンデルとルポスとの父」と書かれていることを考えると(マルコ15・21)、あるいは彼やその子たちは後に初代教会に加わる者となったかもしれない。

イエスと同時代に生きて彼と身近にかかわった者たちの中で、このクレネ人シモンほど、突発的でしかも永続的な印象を後代に与えた人物はいないだろう。十字架を負うシモンの姿は、何十万、何百万というイエスの後につづいた人々、殉教者や信仰の勇士たち、また不正な暴力や抑圧に苦しむ人々の、最初のシンボルのように考えられてきた。突然の強制によるとはいえ、とにかくその身をもってイエスの十字架を背負い、処刑場までイエスにもっとも近く同行したのは、ペトロでもパウロでもローマ教皇でもなく、クレネのシモンであった。(佐伯晴郎著「聖書の人々」より)

この絵は、テリエンの聖書物語に出てくる挿絵です。

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